神戸の家具屋のおっさんのひとり言
教会
私の知人から、ある日電話をいただきました。
「教会の什器と扉を作ってくれない。」
「ありがとうございます。一度伺います。」
で始まった仕事、1月の末近くなってようやく完了しました。
什器はともかく、扉が結構大変なものになりました。何よりも普通の居宅のものよりもサイズが大きい。高さは2m50㎝ほど、幅も1m40㎝ほどあります。さらに中央部分にステンドグラスを入れてあります。
私にとって初めてのものでした。
これは階段を上がってきた方からの写真です。
こちらは室内側からの写真。
中央部のステンドグラスの拡大です。
これは三浦敬子さんの作品です。
はたして先生の作品にふさわしい扉になっていたのでしょうか。
ともあれ、12月はバタバタしながらこの仕事をしていました。年が明けて什器とこの扉の取付、夜9時近くまで作業をしていました。
どうでしょう、結構立派な扉になったと自負しています。
場所は阪急の夙川の駅のすぐ東側です。機会があれば覗いてみてください。
ではまた。
USED!!
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
暮れは張替などでただひたすらバタバタしていましたので更新もできないありさまでした。
年が明けて、今度はUSEDの嵐です。お聞きしていたのもあるのですが、親御さんがなくなって家を片付けるのに家具をどうにかしてとか、お持ちになっていた建物を売却したのでうちの家具はどうしたらいいとかのお電話を立て続けにいただきました。
HPに載せている”USED"のお話がけっこう広まっているようです。
ありがたいとほ思うものの店に置いておくと言っても限りがあるしともあれいくつかは写真に撮ってきましたのでご覧ください。
先ずはショーケースです。大きさはW1,800XD750XH750でガラス部分の高さは200㎜です。
次は陳列棚ですが本棚としてもお使いになれそうです。
次は陳列棚の下部です。
いかがでしょうか。もし興味をお持ちの方がいらっしゃいましたらできるだけ早くご連絡ください。
2月末には処分することになっていますので。
このような商品の引取で毎日走り回っています。
今日こちらにUPしたものはどれも約40年前に作らせていただいたものです。もちろん十分に使用に耐えますし、僕の率直な気持ちを申し上げますとできれ塗装の手直しなどをしていただくと気持ちよくお使いいただけるとは思いますが。
今日はこんなところで。
修理
間があかないようにと思っていますがなかなか思い通りにはいきません。
本当に寒くなってきて、一方では師走ということで何かと忙しいことになっています。
おかげさまで11月の初めに行った東京方面の巡回修理の時にお聞きした椅子の張替などがいっぱいあり、今はそれらのご注文を順次お届けすることでバタバタしています。
そんな中、いくつかお話をいただきました。
それは、親御さんが亡くなったので家具を移動させたりしたいのですが、というお話です。
ありがたいお話です。皆さん、どうにかして今までご両親が使ってきた家具を自分たちが使えるようにしようと思って声をかけていただきます。もちろん、うちとしてもできる限り使っていただけるようにご相談をしていきます。
古い家具が新しい場所を得てまた使って頂ける。本当にありがたいことだと思っています。
皆さんも古い家具がご自宅や実家にあるようでしたら一度ゆっくりと見てください。そこにはいろいろな思い出もあると思います。それも一緒に新しい場所を与えてやるというのはどうでしょうか。
今回お話をいただいたお客様の結果はまたご報告したいと思います。
インフルエンザがはやりだしているようです、どうぞお気を付け下さい。
ではまた。
さらに続きです。
またまた、ジェームズ邸の続きです。
書いててつくづく思ったけれど昔のお金持ちって桁が違うんやね。
仮に、今この家を建てるとなると敷地の土地代、建物の建築代、家具や内装の費用、いったいいくらかかるんやろうと思います。
さて、ジェームズ邸の中に行きます。
忘れていましたが室内のドアはこんな感じです。
それから今度は地下に降りていきます。
その途中に執事さんが使っていたと思しき机があります。これもちょっとしたもの。これも僕の爺さんのデザインかな?
さて、階下へ行くとそこはビリヤードルーム、僕らが見たことのあるビリヤード台の1.5倍はありそうなビリヤード台があり、その大きさに伴って
キューも長いものが置いてありました。その横のサイドテーブルが写してあります。
さらに奥へ行くと地下から庭に出ることができるようになっていて、その庭に行く前室がまた凝っています。
床はタイルが貼ってあるのですが、これがきれいでそこに置いてあった椅子が写真のものです。タイルも一部写っています。
この椅子はもともとダイニングで使われていたものですが、じつはシートが取り外し可能で夏と冬で使い分けをしていたようです。
今度は上に行きます。
2階に上がる階段です。
2階にもいくつか部屋がありますがある部屋に合った本棚です。これもサイドボード同様塗装が剥げ剥げで、塗直しをしたいなと思って見ました。
最後に屋上というか屋上にある塔からの眺望です。明石大橋がきれいに見えます。
実はここに展望台に行くとあるような望遠鏡が据え付けてあって、これは何のためやろうと言っていたら、一緒に行った竹中工務店の人が
ここをジェームズさんから買い受けた方が船を運行している会社のオーナーでここから自分ところの船を見ていたらしいと教えてくれました。
ウソかホントか知りませんが。
これでジェームズ邸は終わります。
最初にも書きましたが、別に観光案内をしているわけではなくうちの仕事の一つを紹介させてもらったわけです。
僕も今までお袋から話を聞くだけで実際に見ることがほとんどありませんでした。今回、突然といっていいくらいのタイミングで乾邸とっジェームズ邸のお話をいただきました。とっても幸運なことだと思っています。もし、これで実際にお仕事をさせていただけるようになったら本当にありがたい話だと思いますし、こんな仕事を僕に残してくれたご先祖様に感謝しないといけないと思っています。
どちらもそのうちには皆さんが見ることができる施設になると思います。
もし、行かれましたら是非感想をお願いします。
では、また。
この間の続き。
この間の旧ジェームズ邸の続きです。今回は内部に行きます。
先ずは玄関、重厚です。扉の柄は今もうちで使っているデザイン、うちの作品かな?
次は玄関に入ったところにあるコートなどを一時置いておくための衣装盆、これも僕にとっては
見慣れたデザインです。
玄関ホールにある組テーブルとその壁面装飾。これも僕にとってはどれもおなじみのもの。
壁面は竹中工務店で補修をしてしまっているので当初の風合いとは異なっています。
組テーブルの方は塗装をやり直す必要がありそうです。
次は書斎、真ん中に置いてあるイスとテーブルはあとで別に置いたもののようです。
そしてリビングルーム、全体の装飾はすごいです。
次のサイドボードは当初からあったもののようです。これはうちの製品だと思う?
これも全体を塗り直したいと思いました。だってハゲハゲになってしまっているもの。
あんまり長くなるので一旦これで筆を置きます。
うちのかもと言っていますが、この建物が建った時期、うちの3代目、僕のじいさんですが、
このような邸宅の中の造作や家具をずいぶん手がけていたようです。前に話をした乾邸もその
一つです。
残念ながら、3代目は太平洋戦争の末期、昭和20年6月に沖縄で戦死しました。この人が生きて
いたらうちの家具はどんなふうになって行ったのかなと思います。
ところで、じいさんのデザインの才能ははどこに遺伝しているんだろう……。![]()
ではまた。
ご無沙汰しています。
お久しぶりです。
なんでこんなに間が空くのか?
我ながらあきれております。おかげさまで忙しくさせてもらっているからなんですが。
さて、うちのHPが新しくなります。それに合わせて僕のブログもこちらに移転して続けることになりました。
今後ともよろしく。
さて、いろいろなことがありまして、少しさかのぼってお話をしていきますので。
10月の終わりのあたりから今日は書かせてもらいます。
神戸市の文化担当の方から電話をもらいました。
「御影の乾邸のことなんですが、永田さんがこちらのお仕事をされたとお聞きしたんですが?」
「はい、そのように聞いています。私も何度か見せていただきました。」
「実は市の方で乾邸の修復をすることになりまして、一度きちんと見ていただけませんか。」
「もちろん、見せていただきます。」
ということで改めて内部の装飾の状態を見て、修復の費用等を見積もる準備をすることになりました。
当日、うちの塗装をしている者と一緒に乾邸へ、改めて見るとやはり結構痛んでいる部分があることがわかります。
かなりな費用になるだろうなと思いながら3時間ほどかけてみてきました。
この乾邸は昭和初期に建てられたものですが、竹中工務店が施工し、内部についてはうちの3代目、僕の祖父の仕事だそうです。
とは言うもののうちには内がやったという公式の記録は残っていません。戦争で全部燃えてしまっているからです。でも、装飾のあちこちにうちの今でも使っている意匠があって僕には至極なじみのあるものになっています。
本音で今はもうこんなものは作れないと思います。
いずれにしても乾邸についてはきちんとした見積もりを出すことになりました。
さて、その数日後今度はまた、別の場所を見に行くことになっていました。
それは塩屋にある旧ジェームズ邸、今はパナソニックの持ち物です。
声をかけていただいた竹中工務店の方と乾邸もご一緒した神戸芸術工科大学の佐野先生と待ち合わせをして建物の中へ。
こちらも立派な建物で当時のお金持ちは桁が違うんやと思いながら見て歩きました。
何よりもびっくりしたのはお庭ともちろん建物。

ともあれこの話の続きは次回に。
ではまた。































